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久坂部羊「廃用身」

廃用身 (幻冬舎文庫)

廃用身 (幻冬舎文庫)

廃用身とは、脳梗塞などの麻痺で動かず回復しない手足のことをいう。医師の漆原は心身の不自由な患者の画期的な療法として「廃用身の切断(Aケア)」を思いつき、実践していく。これが小説の全体のあらまし。

著者が医師であるからこそ、この設定に説得力が増すってことはあるかも。逆に医療関係者が老人をケアする場合に、実際こんなことを考えているのかと思うと、薄ら寒い思いもする。でも、実際ケアされる側に立ってとは言うけれど、現場では毎日の重労働に追われることを考えたら、ケアする側主体で考えることは致し方ないとも思える。介護問題の問題点を突いた小説だと思う。

小説なんだけど、構成はノンフィクションの体裁を取っている。これを考えたのが著者か編集者かはわからないけれど、この作品をこの凝った構成にしたところは、随分評価されるべきだと思う。だって、これは医療現場の描写はとても詳しく筆が滑るって勢いだけれど、人物描写に至ってはとてもおざなりになっている。ノンフィクション(という体裁)だということを差し引いても、何だか物足りないなぁ。漆原の人間像をもっと深く突っ込んで欲しかったという不満が残る。例えば、病院でAケアを受けた人達の思いは描かれているけど、受けなかった人達はどう思っていたのかとかとか(ノンフィクションなら同じケア仲間に取材するでしょ?)。漆原夫人の描かれ方も弱いし、怪文書騒動の結末もぬるいしなぁー。そんな欠点をこの構成にしたことでかなりカバーしていると思うのだ。

私が一番ぞっとしたのは、結末近くの『漆原氏が「Aケア」の効果について立てた仮説が正しければ、慎君は、きっと知力も性格も優れた人間になるだろう。』の一文。慎君というのは、漆原氏の遺児で、夫人が道連れ心中をして、生き残った男の子。これで一気で後味の悪さが倍増してしまった。なんかね「親の因果が子に報い〜」ってな展開っていやじゃないですか?

幻冬舎ならではの作品とも言えなくもないですけど。