なんてつメモ

どうってことない日々のあれこれ

 田中小実昌 「ポロポロ」 河出文庫

ポロポロ (河出文庫) ISBN:430940717X

「ポロポロ」は著者の父親が開いていた独立教会での祈祷会で信者が叫んでいた「遺言」のこと。なんで「ポロポロ」が出てくるのかわからないけれど、出さずにおられないのだ。そういうものだろう。著者が出くわした不思議な出来事もそういうもんなんだ、と深く追求したりしない。あるがままを認めることで、事実が浮。信仰の本質は、つまりはそういうことなのかも。

一緒に収録されているのは、中国での兵隊体験の連作集。戦争に行ったと言っても、敵国と武器で戦闘したわけではなく、ひたすら行軍の毎日。過酷な行軍の中で飢えや病気で戦わずして死んでしまう仲間たちのことを描いている。なんか理不尽な事だよなぁと、文体は飄々として思わず笑ってしまうところもあるけど、その奥に見えてくる不条理さに何とも言えない思い。「ポロポロ」でもそうだったけれども、これらの短編集ではもっと明確に「物語」を否定している。否定することで「そこで起きた事」を浮かび上がっている。「物語」についての自問自答しているところが、この体験を見たまま描こうとしていることを感じさせられる。

この人の作品を読んだのは初めてだったけれど、書く事に対する真摯な姿勢に驚かされた。読み手もきちんと向かい合って読まなければと襟を正す思いがした。すごすぎ。