なんてつメモ

どうってことない日々のあれこれ

君のためなら千回でも

2007年 アメリカ 時間127分 配給:角川映画
監督:マーク・フォースター 出演:ハリド・アダブラ/ホマユーン・エルシャティ/ゼキリア・エブラヒミ他
原作:

カイト・ランナー

カイト・ランナー

  • 作者: カーレドホッセイニ,Khaled Hosseini,佐藤耕士
  • 出版社/メーカー: アーティストハウスパブリッシャーズ
  • 発売日: 2006/03
  • メディア: 単行本
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シネカノン神戸にて

君のためなら千回でも!」この科白がとても印象に残る。映画の中で2回使われるんだけど、2回目で涙腺決壊だ。なんて素晴らしい脚本なんだよぅ。まだ、原作を読んでいないが、無駄な科白が何一つないというか、一つ一つの科白の持つ意味が物語が進むたびに明らかになっていく度に、この映画の人物たちの悩みや背景が鮮やかに浮かび上がってくるのを感じて、言葉を大切にしていることに感動した。

ソ連のアフガン侵攻直前アフガニスタンから物語は始まり、アルカイダの介入している現在まで続いている。アフガニスタンは政情不安定な国という認識しかなかったけれど、虐げられている国の中にも、民族問題も絡んでいることを、この映画を観るまで知らなかった。アルカイダ公開処刑がサッカーの試合のハーフタイムに行われることに戦慄を覚えた。暴力で人を服従させるって、こういうことなのか。

アミールと召使の子供ハッサンの関係もその事情が微妙に影を落としている。ハッサンの利発さや強さはどこから来ているんだろうと思っていたら、後で思わぬ事情がわかりびっくり。人の強さや信念や自由ということが、この作品の中にはずっと連なっているものですが、その中に人の思わぬ弱さも出てくる。私がびっくりしたことは、後のハッサンの行動を理解する手助けにもなり、アミールのへたれっぷりにも理解してあげようという気持ちにもさせた。自分の弱さや過ちを認めて、次の行動に移せるアミールは贖罪とは違う何かのために突き動かされたような気がする。その「何か」を説明できないのがもどかしい。

一番好きなシーンはアミールが操る凧がどこまでも高く揚がっていくところ。いろんなしがらみを突き抜けて自由を謳歌しているようだ。