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どうってことない日々のあれこれ

水村美苗 本格小説 新潮文庫

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

本格小説〈下〉 (新潮文庫)

本格小説〈下〉 (新潮文庫)

本格小説」というタイトルに気圧され、なかなか手が伸びなかったのだが、一旦ページを開けば、壮大なロマンスに目が離せず、一気読みしてしまった。すんげー面白い。「嵐が丘」のオマージュらしいのだが、未読なので比較できないのが残念。
導入部の「本格小説の始まる前の長い長い話」には、唖然とさせられたけれど、この仕掛けが後から効いて来るので、決して読み飛ばしてはいけない。つか、これ私小説風味なのが面白いなぁ。

舞台は日本で敗戦直後からバブル時代終焉までの半世紀という長いスパンも一番波乱万丈を演出するのにふさわしい時代かも。そして、夏の舞台では避暑地が軽井沢っていうのもポイントかも。主な登場人物が東太郎と宇田川よう子の2人だけど、単なる恋物語ではなく、彼らを取り巻く、何かを失った世代や何かを得るために飢えている人たちの言動にも、時代の影が色濃く映し出され、個人の努力でもどうしようもならない恋の顛末も語られる。東太郎は悲惨としか言いようがない環境に置かれ、宇田川家からの物心両面の援助を受けていたのに、それが中座してしまい、勉学からの立身出世の望みを果たせず、アメリカに渡って、日本では考えられないほどの大成功を遂げる。しかし、彼の心の中に残っているものは、よう子だけなのだ。最初の彼らの恋は不成就に終わってそれきりかと思っていたのに、彼らの恋というか愛なのかは、人生の中盤でまた新たな形で続いていくのですよ。いや、もうありえないですよ(笑)よう子の夫の度量というか、育ちから来る鷹揚さにはびっくりしましたが。
そこまでよう子を追い求める東太郎の孤独感や飢餓感というのは、どんなことをしても満たされないじゃないかってぐらい強くて、それはよう子が傍にいても満たされないじゃないかとすら思われました。よう子の孤独とはまた別の種のもので、この小説に出てくる人たちは、みんな何かしら満たされない思いを抱えているのが印象的だった。それを象徴しているのが太郎とよう子なんだとわかってくる。
彼らを面白おかしく語るよう子の叔(伯)母3姉妹もそれは同じである。彼女たちの口からこぼれた言葉に最後の最後で、驚愕。
この壮大な物語を入れ子形式で語られるのよー、3姉妹の育ちのよさから来るあけすけさと傲慢さもあいまって、もうロマネスクって調子で、素晴らしい織物を拝見しましたという読後でございました。もうたまらんはまる小説だったわ。

で、これを実写化したらどうなのか?と考えたけれど、品格があって、貫禄もあって、美しい役者や、太郎のように全てに絶望して、愛されることに渇望する青年を演じられるだけの役者もいないなぁーと思い浮かばず、物語世界に妄想にどっぷりつかるのが一番最適な楽しみ方だわーと思った。

嵐が丘」を読んだほうがいいなぁ、これは。

嵐が丘 (新潮文庫)

嵐が丘 (新潮文庫)